有川定輝先生について

私を深遠なる武道に導いてくださった有川定輝先生がお亡くなりになって、今日で二十年となる。

有川先生は峻厳の人であった。しかし、その峻厳の奥深くに優しさを湛えている人であった。

探求の人であった。その探究心は尽きることがなく、また一切の妥協を許さなかった。

研鑽の人であった。ただ、その姿を決して外に見せることはなかった。

表に出ることや派手なことを好まない人であった。陰にいながらも、常に凜とした佇まいであった。

激しく荒々しい技と恐れられることがあったが、ごまかしなく、淀みなく、ひとえに美しい技であった。

言葉に頼らない人であった。ただ、ひとたび発せられた言葉は、重く、深く、心に響いた。

強く鋭く、そして全てを見通すような眼を持つ人であった。
最後に病床でお会いしたときの、あのどこまでも深いまなざしを、私は生涯忘れることはないであろう。

武道に生き、その人生を全うされた人であった。

「道在爾」-道は爾(近)きに在り。道は、とかく高尚深遠なところに求めがちだが、実は天地を一貫した道が身近に、あるいは自己にあると。有川先生の墓碑銘である。

大東流合気柔術副本部長・世田谷支部長
教授代理 臼山 秀遠

有川定輝(ありかわ さだてる)
1930年、東京に生まれる。日本の武道家であり、合気道開祖・植芝盛平の高弟。合気会本部師範。合気道九段位。武道功労賞受賞(1993年)。合気会本部道場のほかに、朝日合気会、一橋大学、法政大学、千葉工業大学、東海大学、津田塾大学、日本大学などで指導。2003年10月11日、逝去。享年73歳。