原点

武道に足を踏み入れて39年となる。
初めの一年余りで受けた衝撃、感動がその後の武道人生の原点になったことは前に触れた。

なぜ武道に関心を持ったかというきっかけに遡れば、それは「宮本武蔵」との出会いだと思う。中学一年生の時、テレビで「宮本武蔵」の古い映画を見た。内田吐夢監督・中村(萬屋)錦之介主演の五部作であった(実際の上演は1961年~1965年)。少年心にとても引き込まれ、その後原作の吉川英治「宮本武蔵」を時間をかけて読破した。それに留まらず、実際の宮本武蔵のことを研究し、武蔵の墓(東西の武蔵塚)を巡ったり、武蔵関係の貴重な史料を所蔵する島田美術館を訪ね、かの有名な宮本武蔵の肖像画(二刀立像)を見せてもらったりした。

映画・小説の「宮本武蔵」で心に残っている場面がある。武蔵と吉岡一門との三度の仕合の最後、一乗寺下り松の決闘において、武蔵は多勢の吉岡側の名目人であった少年を斬ってしまう。決闘後、このことを煩悶する武蔵は寺で自らの手で観音像を彫ろうとするのだが、彫っても彫っても観音様の姿にならず徒に木屑の山ができる。

作者の意図に適うか分からないが、私は武道の修行を思うとき、この場面を思い出す。修行というのは自分という木の中から観音像を彫り出していく作業ではないか。技の稽古を繰り返しながら自分自身を見つめ、自分の心と身体を通じて真理を追究していく。

その作業に魅入られ、39年間少しずつ彫り続けているに近い。まだまだ粗く、観音像の姿は見えない。

大東流合気柔術副本部長・世田谷支部長
教授代理 臼山秀遠

吉川英治「宮本武蔵」風の巻-菩提一刀より (挿絵:矢野橋村 画)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です