礼について(2)

前回、「礼とは自分の命を守ること」という師匠の教えに触れました。

武道修行において、礼はまた「自分を律すること」といえるでしょう。自分にとって最大の敵は外にいるのではなく、むしろ内にいるのです。自分自身の弱い心のことです。道場に入るとき、稽古に入るときに礼をしますが、同時に自分の中にある感情や雑念といったものと一線を引きます。礼によって、心身ともに神聖不可侵な領域に入るということです。礼なき稽古は単なる運動、格闘になってしまいます。

技がそうであるように、礼もまず基本となる型(かた)を徹底的に反復し身につけます。しかし、形式に留まっては意味がありません。そこに心を、魂を込めていく必要があります。それを日々積み重ねることにより、状況に応じた応用変化が出来るようになり、道場外での実生活にも活きるようになります。修行を通じ、心と身体が一致した礼を実践できるようになれば、自然と所作にも無駄がなくなり、凜として澱みのない動きが表れるようになるでしょう。それは品格、美しさに繋がっていきます。

礼は、外に向けては、思いやり、敬い、感謝の発露となります。例えば、「お願いします」「有難うございます」という言葉、所作、心が一致し、不純物なく礼そのものに「なりきる」ことができれば、相手との間に生じ得る敵意、対立を超越することができるでしょう。それは即ち、内外に敵がいなくなるということです。その意味でも、礼は武道の極意であると言っても過言ではないでしょう。

「礼に始まり礼に終わる」とは、道場や稽古のみならず、朝起きたときから夜寝るまでの日常の全てが「礼に始まり礼に終わる」ということなのです。これも師匠の教えです。私たちはそれを目指していかなければなりません。

大東流合気柔術副本部長・世田谷支部長
臼山 秀遠

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